円環少女祝宴本~悪鬼のための栞~Blog版

C88で頒布した同人誌『円環少女祝宴本~悪鬼のための栞~』のBlog版です。

③核テロ編

収録巻:円環少女(4) よるべなき鉄槌、円環少女(5) 魔導師たちの迷宮、円環少女(6) 太陽がくだけるとき

 担当:◆…立花/◇…kieru

【あらすじ】

 夏のある日、殉職した仁の妹・舞花の遺した泡が仁のアパートに現れる。それは太平洋戦争から現代に至る、日本の歴史の裏側にまつわる戦いの先触れだった。
 米軍基地に密かに持ち込まれていた核爆弾がワイズマン警備調査会社に強奪され、元学生闘士の日本人テロリスト・国城田義一の手に渡る。国城田は、戦後民主主義は間違っていると断じ、核爆弾という『国を殺す弾丸』で日本人に革命を迫る。
 戦いの舞台は、現代の東京と、太平洋戦争時の地下壕を起源とし、《協会》の魔法使いたちが連合軍の占領を逃れるため拡張を続けた巨大な地下道、武蔵野迷宮。その奥には占領下日本で神聖騎士団と戦った刻印魔導師たちの住む地下都市があり、核爆弾を奪ったワイズマンの狩猟魔導師中隊はその都市の人間で組織されていたのだ。
 重傷を負ったメイゼルのため、仁は《協会》と取引し《公館》を離れる。それはつまり、仁とメイゼルが「監督者と刻印魔導師」という関係ではなくなるということだ。だから仁は、地下都市の子どもを助けるためメイゼルに叫ぶ。
「おまえの全部を、俺に貸してくれ!」と。

【名シーンTOP3】

◆「舞花と自転車二人乗り」4巻/P117

 仁が十五歳の夏、公館との繋がりができる前、舞花と二人暮しをしていた頃のエピソード。部屋に閉じこもって日々魔法に適応していく舞花と、「深い海の底で、息を止め続けるように」魔法消去を止めることを覚える仁の二人暮らしは、読んでいてこちらまで息苦しくなってくる。自転車の二人乗りは、仁が大怪我を負った舞花を自転車に乗せて夜の住宅街を魔導師公館へひた走るシーンでのこと。外界との繋がりのほとんどを手放しても京香には会おうとした舞花は、しかし彼女の魔法消去に手酷く焼かれてしまう。仁は自転車をこぎながら、もはやしあわせな未来を信じられない舞花に、今よりしあわせな「いつか」を約束する――。
 閉塞感とそこから抜け出そうともがく二人の感情に、夏の夜の暑さ、二人乗りの密着感。魔法消去から逃れるためにタオルケットを被った舞花、というビジュアルも鮮やか。挿絵は自転車で坂道を登る中学生時代の小柄で可愛らしい二人を描いているが、その表情は直接描かれず、切なさに拍車をかける。円環少女らしい、世界全体に対する無力感ややりきれなさと爽快感に溢れる名エピソード。

◆「都心で銃撃戦」5巻/P120

 警察庁幹部の狙撃事件を追っていた仁とメイゼルは、今度は京香が狙われているところに居合わせる。スナイパーとしての経験を活かして狙撃の妨害に成功した仁は、狙撃を指揮した人間の存在を確信し、新橋駅周辺のガード下で核テロの首謀者・国城田を発見する。――白昼の都心の死角はメイゼルと魔炎が教えてくれる。仁はこの無二の好機に、一瞬のためらいののち、大都市のど真ん中で国城田狙撃を敢行する――!
 円環少女で最も好きな戦闘シーンの一つ。東京の実在の地名をばんばん出し「いま、ここ」を描きながら、円環少女ならではの魔法と魔法消去を活かした仕掛けがあり、それでいて魔法が主体ではないという、円環少女の中でも極めて特徴的なバトルといえるだろう。このシーンを読んだ人間は、新橋駅を歩くときにはつい、今この瞬間、自分の視覚的聴覚的死角で、一人の青年が核テロリストにすばやく二発の拳銃弾を撃ち込んでいるかもしれない――そんな想像をせずにはいられなくなる。馳星周不夜城』のような、自分のよく知っているはずの世界の裏側を覗くような読書体験をもたらしてくれる一幕。


◇「いつか、それはふたりでつくる未来」5巻/P 260

 魔導師公館で運転手をしていた浜勝彦が狙撃されてから一日。身近な人間の死でメイゼルは刻印魔導師としての覚悟を決め、成長しようと苦悶する。一方、仁はメイゼルが明日には命を落とすかもしれない恐怖と不安に駆られ、刻印魔導師の運命とは別の道を示そうとする。そう、次の標的はメイゼルかもしれない。命を失うのはメイゼルかもしれない。
『今のままでも、たぶん、俺は守ってもらっていると思うんだ。お前がいないと、俺はときどき仕事がつらいんだ』
 そう弱音を吐く仁。またメイゼルと別行動をしている間にも、どうやってメイゼルを助けられるかを考え、今まで選択していた判断が全て間違いではなかったか?と自問自答するように心中を打ち明ける仁に対して、
『ちがうわ。せんせにとってのあたしの正解は、あたしとせんせが、二人で作るのよ』
と宣言するメイゼル。
 舞花と暮らしていた過去、そして専任係官として戦いを始めた日から、仁は大切なものを全て守ってやろうと思っていた。その時点からずっと求めていた仁自身の“いつか”という答えの着地点が、まさに“メイゼルと仁が二人で作る未来”なのである。仁、メイゼルに癒やしを求めすぎ。

◇「地下都市、メイゼル見参」6巻/P 141

 武蔵野迷宮の地下。忘れ去られた日本人/魔法使いたちが住まう都市。仁は、メイゼルの命と引き換えに魔導師公館を裏切り、暗く冷たい地下都市に単身向かう。そこにある全部を守ろうと奮闘する仁の前に現れたのは公館からの追手・オルガ・ゼーマン。公館/十崎京香は、地下都市に存在する全ての住人の抹殺という非情な命令を下している。ワイズマン狩猟魔導師中隊だろうと無関係な日本人であろうとも。
そしてオルガの《まどろみの化身》の弱点を付いて難を逃れた仁の元に現れたのは、二度と生きて会うことはないと思っていた少女の姿。
 彼女がいた。
 円環少女の随時にある決めのシーンでは「○○がいた」を使っているよう思えるが、その中でも一際印象深いシーン。しかも仁の前に現れたのは刻印魔導師としてのメイゼル。命を救ったのにも関わらず、公館の刺客/仁の敵として、仁の目の前に見参するのである。ドM思考も甚だしい。円環少女ならではの苦しくて愛おしい最高のシチュエーション。
 個人的には特に『かかとからワンピースの奥の太ももへ向けて温度をあげてゆくような、活動的な足が、仁の視線に気づいたようにすっくと立ち上がった』の描写が気に入っている。この描写から想像するに、絶対、メイゼルのパンツが見えているのだろうけれども、決してそうは描かない長谷先生というのもまた気に入っている。挿絵もまた同様に非パンチラ。魔法風にいえば、メイゼルのパンチラという結果が太ももの描写/事象に繋がっているのではないか?とも考えられる。


◆「子供たちと王子護と戦う」6巻/P292

 仁は地下都市の子供たちとメイゼルを人質に取られ、協会の魔法使いを殺せとかつての師匠役である王子護に脅される。しかし仁に守られる子供でありながら立派な高位魔導師でもあるメイゼルによって悪い魔法使いの手品=王子護のブラフを見破った仁は、自ら目を潰すことで勝負を彼の最強の戦術、魔法消去下での斬り合いに持ち込む。魔法消去を発動しているとはいえ、仁は視覚を失った状態で己の師匠役に勝てるのか――。
 ここまでの過程が、メイゼルとは別行動、公館からは命を狙われ、利き腕はもう一人の師匠役・東郷に落とされ、それを将来のガン化と引き換えに治療し、核爆弾が爆発し、聖霊騎士をぎりぎりのところで追い返す、という過酷きわまる逆境だったからこそ、子どもたちに応援されるというベタな展開が胸に迫る。子どもたちが精神的な支えになるというだけでなく、その歓声が仁の目の代わりになり戦闘そのものを支えてくれる、という部分も円環少女ならではの戦闘シーンだ。用意したギミックはキッチリ使いきろうという長谷先生の真面目な人柄が伝わってくるようでもある。


◇「核列車と魔炎」6巻/P349

 核テロ編のクライマックス。核、国城田、アナスタシアを載せた幽霊列車を追いかける仁と地下都市の住人たち。神和の生成したコウモリの群れが国城田に観測され、その結果、アナスタシアの視界は吹き荒れる魔炎に覆われる。だがそれでもアナスタシアは、追いかけてくる列車に地下都市の仲間たちが載っているとわかっているのにも関わらず、ライフルの引き金を引く。おそらく仁と同じような葛藤があったのだろう。家族や仲間をも殺してしまうかもしれないという狙撃をするアナスタシアの心情。この心情は、ひとつ間違えればメイゼルを失うかもしれないと思っていた仁と全く同じ状況。しかしながら非情なるテロリストと核爆弾の前では、そんな感情は瑣末なことに過ぎない。
 そしてそんな二人の心の葛藤の終着は、仁の魔法消去がきっかけとなる。仁の魔法消去による魔炎に気を取られたアナスタシアに、ひっそりと専任係官/神和が近づく。神和はアナスタシアのライフルを踏んづけて幽霊列車内に進入し、そこであっさりと決着がつく。
 魔炎吹き荒れる中、地下鉄の暗さも相まって。視界を確保できないアナスタシアに対して、仁は自身の魔法消去で極限状態の中、なけなしの視界を確保する。
 魔炎を目眩ましの手段として利用する設定使いの鮮やかさ。そして、脳内に展開される広がりゆく視界のイメージの鮮明さが奇妙に重なり合うシーンでもある。